見える眼

遅きに徹していますが
東京写真美術館 「森山大道展 I.レトロスペクティヴ Ⅱ.ハワイ」のこと

森山大道展 I.レトロスペクティヴ 

いわゆる回顧展という形になっている。
私のような不勉強者にはこのような時系列で写真をみれるっと言うだけのものは大変ありがたい。 下手に再編集をされると、再編集というのはどうしても編集者の肩の力が入りすぎて今迄良い結果を感じることができないというものが多い。無論本人が見直して再編集というのなら話は別だが、まあいいや


正直言って イメージを覆された。
雑誌 本になっているものと印画紙に焼き付けられているのもは雲泥のごとく違う。雲泥というか泥と蓮のごとく違う もしも、、まだ写真集でしか見たことが無い若者(←多いと思う実際)がいるのであれば是非見てほしい。


森山大道は今迄特に好きと言う訳でもなく、むしろ好きなほうではなかった。
なにか~ 既に逆の意味で権威を感じていたし、何よりも古きニヒリズムを感じていたというか、過去のやや時代を斜から見た俺ってかっこいい感 好きって言うとかっこいい感を感じたからだが、去年ふと持っていた写真集を眺めていたらそんなわけでもないのだなと思った。
そんなかっこいい感は枝葉だ。後に評論家がつけた接木
ではなにか? なんなんでしょうな 何がそんなに惹かれるんでしょうか
まあそういうことは他の人に任せます。


Ⅱ.ハワイ
個人的に ここにあるシダの写真がとてつもなく好きで好きで

そう、タカイシイギャラリーでも思っていた。違和感をここでも感じていて何か考えていた
なんだろう 考えていた。
視点が 高くないでしょうか このハワイだけ そんな気がする。



f0067040_7182967.jpg

GR1 TRY-X
オリエンタルFB2
大四ツにプリントしたのを無理無理スキャンしたので強制トリミング

今年初めに毒されて2ヵ月半にわたってこういう写真を造っては見たが、
プリントに段になってまったく何も見えなくて挫折した。(50本ぐらい撮ったんだが)
今だったら、もう少し何か見える気がするな


なんとなく
何も感じないということはあるんだろうか
例えば 小石 雲を見て何か感じることができる僕らは
何も感じないということはあるのだろうか
それはむしろ恥ずべきことではないだろうか
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by mono-photo | 2008-06-07 07:56 | モノクロ

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