尾仲浩二さんのビューイングがあった、

12月23日にワークショップ2Bでのビューイング
かの尾仲浩二さんである。
今まで、不思議なくらい2Bとは接点がなかった尾仲浩二さんのビューイング。
どんな話になったのか覚えている範囲で覚書。


話の流れとしては、尾仲さんの1つ歳下である渡部さとるさんが、進行と時代背景なりを説明して、
それに対して尾仲さんが補足や渡部さんの質問に答えるという形式であったという感じ
さらには結構和気藹々としてたので、本当か嘘かという話もありますのであんまり信じないでくださいね
一応明確な渡部さんの発言は「」にて書いときます。


写真学校の時
2年次のゼミでは森山大道さんの授業を受けていました。
当時森山さんは、ゼミの春の時点ではヘロヘロで、夏になったらしゃっきりしていたとかそんな感じ
もし学校に1年前に入っていたら。駄目な森山さんしか見れなかった だから大変運がよかった。
「確か写真雑誌にこれから森山大道はどうなるんだろうとかそんなことが書いてあった。そんな時期」


CAMP
そのあとCAMPに、もう本当に後期 すでに森山さんとか北島さんとかは離脱していましたが、
「正直、既にCAMPとかは時代的には伝説の存在、実際まだあるのかもわからないそんな状態でした」

そのとき唯一の個展の写真「背高泡立草のある町」のブックを見る
これは展示プリントではなく、それはもうどこかへ行ってしまったのですが、
展示前のセレクト写真(?)です。
展示は、CAMPのすべての額を使ってギャラリーに三段がけで、
撮ったのは秩父と筑豊
筑豊は生まれた町で、、秩父は、炭鉱の町というつながりがありますね
やっぱり森山さんの影響を受けてコントラストが濃い。
4号の印画紙とかを使っていました。
後に焼きなおした物もあるけど、やはりこのコントラストになります。
プリントは後々どんどん変わっていきますけど、このときはこのときの力強さを今見ても感じます(尾仲さん談)
無理なトリミングとかそういうものもありますが、まあそういう時代だった。というか、
綺麗なプリントですねとかいうと殴り合いのケンかになるようなそんな感じでしたから、
太陽を背にして撮れと森山さんが言っていましたので、まさにその通りに、


そして、CAMP解散
CAMP自体は8年 正直正式な人数無もわかりません。そういう集団でしたから、当時の記録という物は無し
尾仲さんはそこに2年


「そして、このときに時代が大きく変わります」
「木村伊兵衛賞 1985年三好和義受賞 このあたりでガラッと」
「CAMPの路線が主流から外れ、いわゆる”広告”という物が時代を変えられるというそういう風潮になってゆきます」
よりコンセプチュアルというか、今までの路線が必要とされなくなったし、
今までそういう路線でやってきた人たちもどんどん変わっていきました。
石内さんも手を撮ったり、森山さんもセレクトをしなくなったり、
古い写真は必要とされない。何しろ発表する場所がない。
当時は、、今よりもギャラリーの数なんて全然少なかったので、
メーカー系でもニコンも、今みたいに若者をという感じはなかったし、
まあ、ああいうところで個展をするなんていうのは”裏切り者”という意識もあり
そうなると発表する場がほしくなって、

1988年 ギャラリー『街道』開設
88年4月より91年12月まで32回の個展をしました。最後の項は隔月でしたが基本月1
BOOK閲覧
かなり今の尾仲さんのプリントに近い感じでコントラストが低くなってしましたね。
森山さんの影響から脱却しようとは思っていた。でも似てるといわれたけど。
もう撮る物がないし、これを撮ろうというものもない。だって毎月ですから、
2泊3日で撮って、コンタクトして、プリントして、個展して、バイトしてお金を溜めるそんな生活

蒼穹社から「背高あわだち草」という本が出たことをひとつの区切りとして街道を閉めた。

で、次
BOOK閲覧
もうこれは尾仲さんの、モノクロプリント。
遠い町・DISTANCE とか slow boatにも使われている写真
当時は完全に上記コンセプチュアルな路線に、みんな行っていたときで(CAMPの人たちも)
たとえば鳥を撮ってはいけないとかそういう時代だった。
でも、鳥がいたから撮るという。そういうかんじでしょ、いいじゃないですか鳥。
何でみんな写真のおいしい所を捨てて行くのかとかそういうことが理解できなかった。
構図に凝ったりとかもしている。
”物”を撮ろうとはしなくなってきている。距離感がある程度固定されてきた。
それらはやはり森山さんの影から逃げる事もあって試行錯誤をしていた。
それでも似てるといわれていたけど、
写真の大きさも、この時に小さいサイズに落ち着きます。
他の人のが大きくなってくれるから、小さいサイズのほうが良く見てくれるんですよ。


2冊目の写真集を出したけれど、反応があまりにもなかったので発表を2年ぐらいやめた時期もあった。
でも其の後ガレリアQの人にいわれて連続して個展やったりもした。


カラー期(Tokyo Candy Box GRASSHOPPE DRAGONFLY」

カラーに移行したのは、、やっぱり森山さんに似てるといわれたくなくて、それでもカラーでも言われました。
「Tokyo Candy Box」は 表紙の写真が、撮れたことによってはじめたシリーズ。
池袋サンシャインの窓から、
大体半年ぐらいで写真を撮って本になると決まってから、もう少し時間もかけたけど、 基本的には半年
東京を撮ったというのはそれ以降もない なんとなくこの時期東京だった。

たまーに飽きるから35mmじゃなくて違うカメラで撮ったりもします。パノラマもその一つ
パノラマとかはネガキャリアを自作して、そういうの好きなんです。
裏切りたい。
大体スパンとしては2泊3日ぐらいがいいところで1日7本ぐらいのフィルム計算をしていくと足りなくなることもなくちょうどいい。
フィルムは最初コダックのカラーネガ コダックの印画紙
でも、去年コダックがやめたのでモノクロのフィルムを持って撮影したのだけれど、なんか途中でとても悲しくなった。
で、やっぱりカラー  
印画紙はなくなるとわかったときに、かなり買っておきました。


新作 マニラ
・・・未発表作品なので詳しくは割愛

(以下 なんとなく覚えていること)
カメラは ペンタックスのMZ-M CANONがEOSマウントになったときに変えました。
カメラマンはあるものを使わないといけないから、全部無くなったらデジタルに行きますよ
(新)ギャラリー街道は、とりあえず飽きてきちゃったので一年限定で「りぼん」にしたのですが、
来年もするかと聞いたんだけど、もうよさそうなので少し人を増やして来年からリニューアルオープンする予定。
正直な話行きたい場所なんてない。もうどこでもいいんです。そういう願望がない。

「尾仲さんの評価されている所の一つとして時勢に乗らなかったということ、だからこそ評価される。」



その後、江古田にあるおしどりという尾仲さんに似合い居酒屋に流れてこれまたありがたい話を聞いたのですが、、
それは、秘密です。

こんな面白い機会を与えてくださった2Bと其の関係者の方々に感謝。
いいクリスマスプレゼントでした。

なお、すべて、メモも取らずに記憶の範囲で物事を書いているために、
間違った点などがあると思いますので行った方もしよろしければ添削していただければ幸いです。
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by mono-photo | 2010-12-27 00:21 | ワークショップ

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