2009年 11月 20日
いつかDになる
何年かぶりに森博嗣を読む。 読み始めてから3時間ほどで、なんとなく犯人とトリックの見当が付いたのだが、最後まで読み終わってみると、なるほど、これは以前読んだことがあるな ということに気が付いた。無念である。後半の1/3あたりになって。ようやっと もしや という疑念の念が生まれたのだが、それ以前は自分は天才ではなかろうかと思ったのだが、、
まあこのような話はどうでもよいのである。
最近は、もう、カメラが新発売といえば デジタルカメラである。 (トィカメラをのぞく) 先日、驚いたことに、知り合いがカメラを買いに行くといって買って来たのはデジタルカメラであった。 また聞いていくと、私の知っているカメラはフィルムカメラと言うらしい。まだデジカメというのは私の言うコンデジ一般を指し、カメラとは私の思うところのデジタル一眼レフカメラを指すらしかった。時代の流れもこれほど進んだ物かと思うばかりであった。そう言えば、ヨドバシカメラに行く度ごとにフィルムを置いてある冷蔵庫の場所が変わり、且つ、小さくなっているかのように見受けられる。いやむしろ、そのような大型量販店でもなければ、フィルムを探すのは難しい時代になってしまった。
これはある意味仕方の無いことであるかもしれない。
何しろ、デジタルは手軽であるし、かかるコストも安い。最近は頭打ちの感はあるといえども、それでも年々着実に技術進化しているだろう事はこのような辺境のblogに 目を通す方にはもはや周知の事実である。何しろ、今や事35mmに至っては、画質比較などは言わなくなった。
だからこそ、というべきか、漫然とフィルムをやるくらいなら。デジタルに行った方がいい。無くなるフィルムに 漫然としがみつくぐらいなら。デジタルに行った方がいい”綺麗さ””紙質の多様さ”、という部分においては 既にフィルムを凌いでいる。もちろん選ぶ基準には、楽しさ とか 今の自分の技術 とかも寄与すべきではあるが
そう 自分に言い聞かせている。デジタルも悪くない。むしろフィルムで撮る意味をこれから聞かれる時代になってくるだろう。もちろんそれには楽しいから、という答え方も正解ではあるものの。でも そろそろ考え、答えられるようにしなければいけない時期であるのかもしれない。
だからいつか、 いつか私はもうあっさりと デジタルに乗り換える。
っという 気がしないでもなきにしもあらずんば虎児を得ず。
まあこのような話はどうでもよいのである。
最近は、もう、カメラが新発売といえば デジタルカメラである。 (トィカメラをのぞく) 先日、驚いたことに、知り合いがカメラを買いに行くといって買って来たのはデジタルカメラであった。 また聞いていくと、私の知っているカメラはフィルムカメラと言うらしい。まだデジカメというのは私の言うコンデジ一般を指し、カメラとは私の思うところのデジタル一眼レフカメラを指すらしかった。時代の流れもこれほど進んだ物かと思うばかりであった。そう言えば、ヨドバシカメラに行く度ごとにフィルムを置いてある冷蔵庫の場所が変わり、且つ、小さくなっているかのように見受けられる。いやむしろ、そのような大型量販店でもなければ、フィルムを探すのは難しい時代になってしまった。
これはある意味仕方の無いことであるかもしれない。
何しろ、デジタルは手軽であるし、かかるコストも安い。最近は頭打ちの感はあるといえども、それでも年々着実に技術進化しているだろう事はこのような辺境のblogに 目を通す方にはもはや周知の事実である。何しろ、今や事35mmに至っては、画質比較などは言わなくなった。
だからこそ、というべきか、漫然とフィルムをやるくらいなら。デジタルに行った方がいい。無くなるフィルムに 漫然としがみつくぐらいなら。デジタルに行った方がいい”綺麗さ””紙質の多様さ”、という部分においては 既にフィルムを凌いでいる。もちろん選ぶ基準には、楽しさ とか 今の自分の技術 とかも寄与すべきではあるが
そう 自分に言い聞かせている。デジタルも悪くない。むしろフィルムで撮る意味をこれから聞かれる時代になってくるだろう。もちろんそれには楽しいから、という答え方も正解ではあるものの。でも そろそろ考え、答えられるようにしなければいけない時期であるのかもしれない。
だからいつか、 いつか私はもうあっさりと デジタルに乗り換える。
っという 気がしないでもなきにしもあらずんば虎児を得ず。
# by mono-photo | 2009-11-20 13:40 | Comments(0)




